フィジカルAIで自動化されるコマース物流
はじめに
生成AIの普及によって、テキスト・画像・動画といった情報の世界の生産性は一気に上がりました。ただし物理的な商品の原材料調達・製造・梱包・保管・配送などを伴うコマースの世界では、情報だけでは完結しません。商品が工場・倉庫・店舗などの棚にあり、ピックされ、梱包され、破損なく運ばれ、時間通りに届き、返品が滞りなく処理される必要があります。
こうした物流の仕組みをAIをはじめとしたソフトウェアとハードウェアで最適化しようとする潮流が、近年フィジカルAIとして語られています。フィジカルAIの世界では、通常の生成AIとのチャットのように一定レベルの正しい文章を返すだけでは価値になりません。天候の変化、工場/倉庫/店舗などの形状、SKUのばらつき、作業者の入れ替わり、繁忙期と閑散期、季節変動、規制、安全基準など、現場には変数が多く存在します。一方、コマースにおける競争力は、いくつもある指標の中でも1配送あたり/1ピックあたり/1返品処理あたりのユニットコストを安定させられるかで大きく左右され、その安定性が顧客体験の信頼につながります。
近年ではフィジカルAIによりこれらの変数を可能な限り減らし、顧客体験およびコスト削減の最適化を図る動きが活発となっています。本稿では、それを体現するスタートアップの事例を参考に、新たなコマース物流のトレンドを取り上げます。
Zipline: ドローンによるラストワンマイル配送
Zipline's Drone Delivery Platform Leaves Competitors in the Dust
Ziplineはドローンによるラストワンマイル配送を実現している / NexTech Visuals Youtube
Ziplineは、ドローンによる荷物の配送をただのガジェットではなく、実用的で効率的な物流として成立させようとしてきた企業です。Ziplineは初期は輸血用の血液の医療配送のように価値が明確な領域から参入し、現在ではスーパーやレストランなど提携する小売店舗から小口の商品を家庭までダイレクトにドローンで届ける汎用コマース領域へビジネスを拡大しています。
Ziplineが提供するドローン配達は、配達開始から最短10分での到着が全自動で可能となっており、顧客にとっても、オペレーターにとっても非常に優れた顧客体験を提供しています。
Ziplineのプロダクトは、提携店舗から商品を選び注文できるアプリ、配送管理システム、ドローン機体および機体制御システムなど複数レイヤーのサービスが一体的に提供されています。ドローン配送は母機が高い位置でホバリングし、テザーで荷物を降ろし、最終位置を小型機が微調整する設計となっています。これにより、着地の難しさや安全上の制約を回避しつつ、受け渡しの精度を上げています。
コストの観点で重要なのは、ドローンによる配送が陸路での配送における制約事項をスキップできているということです。陸路であれば、天候、道路混雑状況、配送ルート、建物構造の違い、時間指定、配達員の運転スキルや配送ルート慣れなど様々な制約事項を考慮しないといけません。しかし、自律配送ドローンであればこれらの制約を受けずに配送することができます。長距離を飛ぶドローンは通常であればその機体の大きさがゆえに騒音と安全性が課題となりますが、Ziplineは長距離移動が得意な母機と、小回りがきき騒音が少なく安全性の高い子機をうまく組み合わせることで、それも解消できています。
ZiplineはWalmartとテキサス州の15マイル(約24km)ほどの都市でドローン配送を開始しており、同都市内であれば30分以内で配送することを掲げています。また、Walmart側もドローン配送を複数都市へ拡大する方針を発表しています。日本でもZiplineは豊田通商と提携をし、五島列島へ医療品や日用品のドローン配送を行っています。
2026年1月、Ziplineは累計配送が200万回を超えたことと、6億ドル(約750億円)超の資金調達を発表し、米国での事業拡大を掲げました。
Ziplineの勝ち筋は賢いロボットではなく密度の経済が回る設計と運用です。密度が上がればユニットコストは下がり、ユニットコストが下がれば提供できる体験(配送速度・保証・返品条件)が広がり、さらに需要が増えます。フィジカルAIを活用することで、いかにこのループを効率良く作れるかがビジネス上の重要なテーマとなります。
Mytra : 倉庫の物流をソフトウェアで書き換える
https://media.mytra.ai/0716_Hero_D.mp4Mytra
Mytraは巨大な倉庫シェルフをロボット化しソフトウェア制御で効率化をしようとしている / Mytra
Ziplineのようにラストワンマイルの配送も重要ですが、コマースにおいては倉庫の効率性向上も重要です。現在の倉庫や物流の現場は、人がいなければ回りません。倉庫は、商品のSKUが増えるほど作業が複雑になり、誤出荷が増え、ピック効率が下がり、在庫管理の精度が落ちてきます。この倉庫内オペレーションの改善にフィジカルAIが役立ちます。
Mytraは、倉庫における物品管理にロボットを組み込み、単体の機械としてではなくソフトウェアで定義された集合体として捉え直しています。Mytraが提供しようとしているのは、倉庫内物品の移動 / 保管 / ピック のような基本動作を可能とするロボット組み込み型のシェルフ型倉庫を提供し、その制御をAIをはじめとしたソフトウェアで最適化し業務効率を大きく改善するソリューションです。
具体的な改善効果としては、Mytraの導入初期の段階で、マテリアルハンドリング(倉庫における荷役(にやく)作業、搬送・仕分け・積み下ろしなどの作業)の労働が32%減り、保管密度が34%改善したと述べています。この数値は単位あたりコストに直結する指標の改善につながる可能性があります。
倉庫での自動化の従来の課題は、設備が硬直的で、ハードウェアとそれにあわせた人手の運用があるために変更コストが高かったことです。Mytraはプリミティブなソフトウェアとして倉庫を定義しなおすことで、大きなコストをかけずに柔軟な変更対応を可能にし、低コストな最適化を実現しようとしていると考えられます。
2026年1月にMytraはAvenir GrowthがリードするSeries Cラウンドで1億2,000万ドル(約180億円)を調達したと発表しました。Mytraのビジネスモデルは公開されていませんが、顧客セグメントとしてFortune 100の食品会社やFortune 500の産業資材ディストリビューターに言及しており、複雑性と処理量が大きい現場を狙っていると思われます。
おわりに
フィジカルAIによって、Ziplineはラストワンマイルの配送を再定義し、Mytraは倉庫のオペレーションを再定義しようとしています。どちらも共通しているのは、単位コストを下げるために、現場で発生する変数をテクノロジーによって可能な限り削減し、運用を資本とデータでスケールさせる設計です。
これらの取り組みはAIモデルの賢さ単体の話ではなく、実運用にいかに先に組み込み、データを取り、それをAIにフィードバックさせられるかが重要な点となります。現場でどのような暗黙知が潜んでおり、例外処理がどう行われているか、どのようなアクションが改善や復旧につながっているのか、などこうしたデータは企業の内部に蓄積されていることが多く、競合がコピーしにくい貴重なデータとなります。フィジカルAIの普及が進むほど、参入障壁はハードウェア/ソフトウェアの原価ではなく、この運用データを既に持っているかどうかにシフトすると考えられます。
企業がフィジカルAIの導入において最初に考えるべきなのは、ロボット探しではなく、ユニットコストの棚卸しです。1配送、1ピック、1返品といったユニットコストのどの指標が利益に影響を与えているのか見極め、各処理の頻度/時間を記録し、運用のボトルネックを可視化することが第一歩です。その上でフィジカルAI活用でそれがどこまで改善できるのかを見ていくことになります。
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