オーディエンスの規模、オーディエンスとの関係の深さ、メディアが測るべきもの
What's New in Publishingが2026年5月25日に公開した記事に、こんな一文があります。「リーチと、関係は、同じものではない(reach is not the same as relationship)」。
この記事は、デビッド・ホーマン氏とノア・アスキン氏の共著『Orchestrating Connection(つながりを編む)』を紹介しています。ホーマン氏は、信頼・人の紹介・意味のあるネットワークの設計をテーマに活動するニューヨークの起業家で、この本そのものはメディア企業に向けて書かれたものではありません。けれど、その中心にある主張は、いま出版社がまさに聞くべきものだと、書き手のジェズ・ウォルターズ氏は言います。
ホーマン氏の主張は、シンプルです。本当のつながりは、オーディエンスの規模やフォロワー数、連絡先のデータベースから生まれるのではない。信頼と、価値のやりとりの繰り返しと、関係を意図して設計することから生まれる。本人の言葉を借りれば、「大きいネットワークも小さいネットワークも、巨大なオーディエンスというものも存在しない。あるのは、人と人との関係だけだ」。
私たちキメラは、読者がどう記事に触れているかを記録するデータ(Chartbeatなど)を扱う立場から、この問いを自分ごととして読みました。以下、内容を整理しながら、メディアに関わる人が次の一手を考えるためのヒントを拾っていきます。
リーチは、メディアの価値を測るには弱すぎる
まず、記事が投げかける問題から。
メディア業界はこの20年、ひたすら規模の最大化に取り組んできました。検索トラフィック、ソーシャルでのリーチ、ニュースレターの登録者、ページビュー、会員登録。もちろん、これらの数字に意味がないわけではありません。けれど、ウォルターズ氏ははっきりと書きます。それらが証明するのは「人々にリーチできる」ことだけであって、その人々が「戻ってくる、お金を払う、誰かを紹介する、ビジネスの成長を助ける」ことまでは証明しない、と。
ここで問いが反転します。商業的に本当に大事なのは「何人に到達できるか」ではなく、「そのリーチが何を実現するか」です。習慣を生むか。サブスクリプションへの意欲や、イベントへの参加や、役に立つファーストパーティデータを生み出すか。
そして、この問いはいま、急速に切実なものになりつつあります。検索は姿を変え、ソーシャルでの配信は断片化し、AIインターフェースはユーザーを元の情報源に戻さないまま、その場で答えを返すようになっているからです。借りもののリーチが当てにできなくなったいま、関係性の深さは戦略的な資産へと変わりつつあります。
「コンタクトを持っていること」と「関係があること」は違う
ホーマン氏の指摘のなかで、私たちがとりわけ重要だと感じたのが、この区別です。「コンタクトを持っていること」と「関係(リレーションシップ)があること」は、別物だというものです。
多くのメディア企業は、既知のユーザーの巨大なデータベースを持っています。けれど、より強い問いは「何人の既知ユーザーがいるか」ではなく、「どの読者が、参加し、紹介し、更新し、専門知識を寄せ、ほかの人をブランドに引き入れてくれるか」です。
この問いは、読者の分け方そのものを変えます。年齢や性別、好むコンテンツだけで読者をグループ分けするのではなく、オーディエンスの中にいる「つなぎ手(コネクター)」を見つけ出すべきだとホーマン氏は言います。ニュースレターに自分のひと言を添えて転送する人、同僚を誘ってイベントに連れていく人、専門知識を提供してくれる人。彼らが商業的に重要なのは、その出版社が「オーディエンスの前に立っている」のではなく、「生きたネットワークの中にいる」ことを示しているからです。
「コミュニティ商品」の多くは、まだ一方通行
ここで多くのメディアは、こう反論したくなるはずです。「うちはもうコミュニティを持っている。ニュースレター、イベント、会員制度、読者フォーラムがある」と。
けれど、ホーマン氏のフレームは、そこにある共通の弱点をあぶり出します。それらの多くは、コミュニティという言葉をまとっただけの、いまも一方通行の「放送(ブロードキャスト)商品」にすぎないのではないか、と。コンテンツを送りつけるニュースレターは、それだけではコミュニティではない。部屋を満員にするイベントは、それだけではネットワークではない。
では、何が分かれ目なのか。ホーマン氏の試金石は明快です。そのフォーマットが、人々に「一人ではできなかったこと」を可能にしているかどうか。これが、コミュニティと放送を分ける線だというのです。本人の言葉では、「出版という営みは全体として、商品をデジタルや物理の棚に置いて、誰かが目を留めてくれるのを願っているだけだ」。
代わりにホーマン氏が勧めるのは、商品を売る前に、オーディエンスを巻き込んでしまうことです。読者パネル、専門家ブリーフィング、会員向けの先行公開。これらは、従来型の宣伝を押し出すよりも強い「発売前の需要」を生み、読者が本当は何に価値を感じているのかについて、より明確なシグナルを与えてくれます。
信頼は、メッセージではなく行動で築かれる
もうひとつ、見逃せない指摘があります。多くの出版社は「見せること・伝えること」は得意でも、「受け取ること」が下手だというものです。発信し、宣伝し、ターゲティングはする。けれど、読者や会員が何を解決しようとしているのかを捉えるフィードバックの仕組みを、しばしば欠いている。それがないかぎり、出版は「人々が何を求めているかを推測し、その反応をあとから測る」ことに頼りつづけることになります。
だからこそ、信頼の築き方も変わります。ホーマン氏の本は好奇心・寛容さ・弱さの開示(vulnerability)といった原則で構成されています。好奇心とは、何を売るかを決める前に読者の声を聴くこと。寛容さとは、購読を求める前に、役立つアクセスや知見を先に差し出すこと。
そして、ここが核心です。信頼は「信頼されるジャーナリズム」と名乗ることで築かれるのではない。読者が、有能さ・誠実さ・お互いさまの感覚を繰り返し体験したときに築かれる。登録も、支払いも、イベント参加も、紹介も、すべて「この関係は続ける価値がある」という確信を必要とします。その確信は、メッセージではなく、行動によって獲得されるものです。
関係の深さを、どう測るか
ホーマン氏の議論は、思想としては明快です。問題は、それを日々の経営判断にどう落とすか。「関係の深さ」は、放っておくと「大事だよね」という掛け声で終わってしまいます。掛け声を戦略資産に変えるには、それを測れる数字に翻訳しなければなりません。
私たちが向き合っている日本の新聞社・出版社にとっても、PV中心のダッシュボードで評価する時代から抜け出すタイミングが来ていると考えています。たとえば、Chartbeatが提唱してきたエンゲージドタイム(記事にどれだけ集中して向き合ったか)、ロイヤルティ(どれだけ繰り返し戻ってくるか)、再訪頻度、直接訪問率(検索やSNSを経由せず、直接そのサイトに来た割合)。これらの多次元の指標は、まさにホーマン氏が「関係の深さ」と呼ぶものを、数字として捉えるための道具です。
とりわけ直接訪問率は、ホーマン氏の言う「借りものではないリーチ」の代理指標になります。検索やSNSという他人のプラットフォームを通らず、読者が自分の意思でそのメディアに戻ってくる。その割合こそが、「連絡先」ではなく「関係」がどれだけあるかを映し出します。
「オーディエンスの規模(Audience Size)」から「関係の深さ(Relationship Depth)」へ。この思考は、日本市場でこれからの競争軸である、と私たちは見ています。
私たちに課された課題
検索もソーシャルも、ユーザーを元の場所に戻さなくなりつつあるいま、借りもののリーチだけに頼るメディアは、足元が揺らぎつづけます。ホーマン氏が示した処方箋を、ウォルターズ氏はこうまとめています。必要な転換は、「放送する」ことから「尋ねる」ことへ。読者やパートナーが何を成し遂げようとしているのかを理解し、そのニーズを編集と事業の価値につなぐ商品をつくること。
「何人に届いたか」を数えるのは、簡単です。けれど、これからのメディアに問われるのは、たぶん別のことです。届いた人のうち、何人が戻ってきたか。何人が、誰を連れてきたか。何人が、ただ消費するだけでなく、ほかの誰かのために価値を生んでくれたか。
それを知るには、まず「いま読者が、どこで、どの記事に、どれだけ深く向き合っているか」を観察することから始まります。規模を数えることから、関係を見つめることへ。私たちが向き合っているのは、たぶんそういう問いの組み替えです。
最新の記事

株式会社キメラ(英語表記: Ximera, Inc.)
〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町23番17号







