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AI ライセンスの実額と、1,700対1という非対称 — 契約が取れても流入は戻らない

by Hirokatsu Ohigashi / 大東洋克
AI ライセンスの実額と、1,700対1という非対称 — 契約が取れても流入は戻らない

AI 企業とのライセンス契約は、いくらで成立しているのか。そして契約を結んだメディアには、何が起きているのか。

Digital Content Next(DCN)が2026年6月9日に公開した分析(Rande Price 氏、DCN リサーチ担当VP)に、この2つの問いに答える数字が並んでいます。日本ではあまり紹介されていない内容なので、要点を整理し、そこから読み取れることを述べます。

契約は「数十社」の世界

まず市場の規模感です。

  • OpenAI がパブリッシャーと結んだ契約は約35件
  • Perplexity は約20媒体
  • Microsoft の Publisher Content Marketplace に招待されたのは8社

世界に無数にあるメディアのうち、直接契約に到達しているのは数十社です。この時点で、大半のメディアにとって「AI ライセンス収益」は現実の選択肢ではありません。

実額

公開されている契約額は次のとおりです。

当事者金額
News Corp と OpenAI5年で2億5,000万ドル
Thomson ReutersAI ライセンス収益として3,300万ドル
People Inc. と OpenAI年間1,600万ドル以上
Amazon と New York Times年間およそ2,000万ドル

大きな数字に見えます。ただし、これらは世界最大級の報道機関の数字です。News Corp の5年契約を年額に均せば5,000万ドル。同社の事業規模から見れば、屋台骨になる金額ではありません。

つまり現状の AI ライセンスは、大手にとっては補助的な収入、中小にとっては存在しない収入、という分布です。

契約しても、クリックは戻らない

この分析でもっとも重要なのは、次の数字だと考えています。

2025年のクリック率の変化として、ライセンス契約を結んだパブリッシャーで8.8%から1.3%へ、契約のないパブリッシャーで0.8%から0.27%へ低下したことが示されています。

契約の有無にかかわらず、クリックは落ちています。しかも、もともと高かったライセンス済みの側のほうが、下落幅は大きい。

ここから言えることは明確です。ライセンス契約は、流入の減少を止める手段ではありません。流入とは別の対価として設計されている、ということです。

「AI 企業と組めば、引用元として送客してもらえる」という期待は、この数字を見るかぎり成立していません。

クロール対クリックの桁が違う

もうひとつ、構造を示す数字があります。何ページ分のクロールに対して1回の参照が返ってくるか、という比率です。

AI 事業者クロール対クリック比
Perplexity369ページに1回
OpenAI1,700ページに1回
Anthropic約73,000ページに1回

事業者によって2桁の差があります。そして最も送客する Perplexity でも、369ページ読まれて1回です。

これは製品の設計思想の違いを反映していると考えられます。回答のなかで出典に誘導する設計か、回答を完結させる設計か。どちらが正しいという話ではなく、メディア側から見れば、相手によって「読まれ方」の意味がまったく違うということです。

自社サイトへのクローラー別のアクセスを分類していないと、この違いは見えません。AI 経由トラフィックの実像で書いた分類の話は、ここにも効いてきます。

DCN の主張:対価は「検索の代替」で測るべきではない

同分析の中心的な論点は、パブリッシャーのコンテンツが AI システムの複数の層で価値を生んでいる、というものです。

具体的には、モデルの学習、ファインチューニング、事実の裏づけ、最新情報へのアクセス、回答の信頼性。これらすべてにコンテンツが寄与しているのに、検索的な参照(retrieval)だけを基準に対価を計算すると、貢献を大幅に過小評価することになる、という主張です。

この整理には説得力があります。上で見たクリック率の低下は、裏を返せば「コンテンツは使われているが、参照としては現れていない」状態です。参照回数を基準にした対価計算は、この使われ方を捕捉できません。

収益化の実務は、まだ分断されている

もう1本、DCN が2026年4月6日に公開した論考(Supertab の Joseph Varvara 氏)は、実務側の課題を指摘しています。

AI による利用を検知できるようになった一方で、それを収益に変える工程が分断されている、という指摘です。分析、法務、営業、経理がそれぞれ別に動いており、コンテンツへのアクセスを請求可能な事象に変換する統合された仕組みがない。結果として、AI 収益化の取り組みは断片的で、規模を出せないままになっています。

同論考が挙げる必要な要素は4つです。AI トラフィックの識別と分類、ライセンスモデルの柔軟な試行、利用から請求事象への変換、そして決済と収益の分配。

この4つを自社で構築できるメディアは、ほとんどないはずです。だからこそ、Cloudflare や RSL のような共通基盤に乗るかどうかが、現実的な判断になります。

日本のメディアにとっての実務

以上を踏まえた提案です。仮説を含みます。

第一に、直接契約を目標に置かないことです。契約に到達しているのは世界で数十社であり、そこを目指す戦略は大半のメディアにとって現実的ではありません。目指すべきは、共通基盤が整ったときに条件を提示できる状態を作っておくことです。

第二に、自社のクロール対クリック比を測ることです。どの事業者が、どれだけ読み、どれだけ返しているか。この数字は交渉材料であると同時に、アクセス方針を決める根拠にもなります。ほとんど返さない相手に無制限で開放している状態は、少なくとも意識的な判断であるべきです。

第三に、対価の根拠を「参照数」以外にも持つことです。DCN の指摘のとおり、コンテンツは参照されない形でも使われています。自社の一次情報がどれだけ独自か、どれだけ更新されているか、どれだけ他で代替できないか。この説明ができるかどうかが、価格を語れるかどうかを分けます。

私見:これは「分配の交渉」の始まりにすぎない

現在の契約額を見て、AI ライセンスを新しい収益の柱と呼ぶのは早いと考えています。金額の分布は極端に偏っており、しかも流入の減少を補償するものではありません。

ただし、価格が提示されはじめたこと自体には意味があります。無償で使われていた状態から、数十社とはいえ有償の取引が成立する状態に移った。次の論点は、その取引が数十社から数千社に広がるかどうかであり、そこは技術ではなく、共通基盤と業界の交渉力の問題です。

日本のメディアがこの交渉に参加できるかどうかは、個社の努力より、業界としてどう振る舞うかに依存する部分が大きいはずです。

参考